社長
メッセージ

今こそ脱皮の時。
当社を「真のグローバル企業」に
変革することが私の目標です。

橋本 剛

代表取締役 社長執行役員

本メッセージは、統合報告書「MOLレポート2023」
からご紹介しています。

経営計画「Rolling Plan 2022」の振り返り コンテナ船を中心とした市況高騰を背景に財務指標が劇的に改善

2017年度の「Rolling Plan」導入後における商船三井グループの大きな課題の一つは、財務体質の改善でした。船腹過剰によって引き起こされた2010年以降の海運市況長期低迷への対処と、将来の安定的な収益確保を目的としたエネルギー事業等への多額の投資によって、当社の財務体質が大きく傷んでおり、次の一手を打つためには、これを回復することが急務でした。そのような状況下、2021年度から2022年度にかけてコンテナ船を中心に様々な海運セクターの市況が活況を呈したことで大きな利益を計上でき、財務体質が劇的に改善したことは当社の経営にとって大きな転機となりました。

2022年度は、財務指標の改善に加え、成長戦略として打ち出していた、ポートフォリオ戦略、環境戦略、地域戦略にも成果が見え始めました。これまで行ってきた事業の延長線上ではなく、投資重点分野を組み替え、事業ポートフォリオの中身を変容させることで成長を模索していこうという戦略です。この考え方のグループ内への浸透を着実に図ることができたほか、インドを中心に、地域戦略に根ざした新規ビジネスも順調に積み上げることができました。これらの取り組みを通じて、長期にわたった市況低迷への対処が続き保守的になってしまっていた社内のマインドセットを、攻めの姿勢に転換することを強く意識した経営を続けてきました。


「BLUE ACTION 2035」策定の全体的背景 「2050年ネットゼロ達成に向けた事業転換」と「サステナブルな社会インフラ事業の実現」を両立

リーマンショック以降、東日本大震災や米中貿易摩擦など先行きを見通しにくい事象が次々に発生しました。そのような事業環境の下、世界経済の動向を分析の上、船腹需要・供給の見通しを立て、それに適合するような中期経営計画を策定するという従来型の手法だけではもはや通用しなくなったと判断したため、その時々の状況に合わせて最適な行動を取るべく、当社グループでは2017年度以降単年度ベースでの経営計画を採用してきました。しかしながら、より高い視座から将来を展望した時、長期的に世界経済全体が大きく変化しつつあり、単年度ごとではとても見通しきれない大きな構造変化が進行中であり、それに沿った経営を行う必要性も強く認識される様になってきました。

その最たるものが環境課題への対応です。環境やサステナビリティを強く意識した形で経済を運営していかないと立ち行かない、という点で大きな世界的コンセンサスができ上がりつつある中、当社は海運業界の中でも他社に先駆けて2050年までのネットゼロ・エミッション達成を掲げました。この目標は単年度計画の積み重ねだけでは到底達成できないものです。現在、当社は年間400~500万トンの燃料油を消費し、1,000万トン以上のGHGを排出しています。2050年までにネットゼロを実現するためには、様々な施策を総動員した息の長い取り組みが求められます。舶用燃料の世界でも、バイオ燃料、アンモニア、水素、バッテリーなど、現時点では脱炭素化に向けた手段として多数の候補が残っている中、正しい選択肢を見極めて行く必要があります。また、脱炭素化に伴って発生する貨物輸送需要や物流事情の大きな変化をビジネスチャンスと捉え事業転換を果たしていくためにも、長期的な計画が必要です。

脱炭素化への取り組みと並行して、安定的・継続的な輸送サービス提供もしっかりと続けていかなくてはなりません。2020年以降、コロナ禍やロシア・ウクライナ情勢に起因して世界の物流は混乱し、人々の暮らしを直撃しました。我々が担っている国際物流が非常に重要な役割を果たしていること、それが正しく機能しなければ世界経済全体が麻痺してしまうというリスクを、改めて深刻に感じました。社会インフラ企業として、困難な状況においても事業を継続し続けられる安定した基盤を整えたいという思いも、新経営計画策定の重要なテーマです。

このような認識のもと、当社の今後の成長をどこに求めていくかを考え抜いた結果、2017年度以来続けてきたローリング方式による単年度ごとの経営計画に一区切りをつけ、2035年のありたい姿から逆算して方針を定めるバックキャスト方式による新たな中長期経営計画「BLUE ACTION 2035」を策定しました。一般的な経営計画としては長い期間設定ですが、2035年をターゲットとしたのは、2050年ネットゼロ達成に向けた中間地点として、ここまでにはやっておきたい、という計画を現実的に立てられる限度と考えたからです。

「BLUE ACTION 2035」は、サステナビリティに真剣に取り組まない企業には今後世界経済の中で居場所がなくなっていくであろうこと、また社会課題解決に寄与する事業領域にこそ成長機会があるはずだとの考えのもと、事業計画とサステナビリティ課題への取り組みを融合させた計画としています。2035年までの13年間を3つのフェーズに分け、財務面・非財務面ともにコアとなるKPIを定め、最終年度までのマイルストーンを明確なものとしました。また、計画のPhase 1である2025年までの3年間はより精緻な計画としており、時間の経過とともにその先の部分も細かく作り込んでいく方針です。これらを確実に実現していくことに、全力を投じていきます。


「BLUE ACTION 2035」の主なポイント① 海運事業を軸とした安定的な成長を実現するためのポートフォリオ変革

海運業は世界全体の景気循環に業績が大きく左右されるシクリカルな産業で、10年、20年のレンジで見ると、大きく市況が吹き上がる局面が過去に何度かありました。また、戦争や大災害といった突発的な出来事によって船腹需給が逼迫し、運賃市況が高騰することも起こります。長く続けていると望外の利益を享受できる機会がある、という事業特性は海運業の魅力とも言えますが、一方で、事業を継続するために船舶という巨額の設備投資をコンスタントに繰り返さねばならないことも考えると、不定期にやってくる好況のみに依存した経営を続ける訳にはいきません。

当社にとって、今後も海運業は競争優位の源泉であり、好況時には高いリターンを生む中核事業であり続けますが、それ以外の事業にも分散して投資することによって、収益基盤を安定させたい。海運市況が思わしくない状況下でもその他の事業から一定程度安定したキャッシュフローを確保できれば、市況悪化時でも船舶に対する投資を続けていくことができ、次の海運ブームが来た時に大きな果実を得ることにも繋がります。また、好市況が到来した船種に対する過剰投資に対し、規律を働かせる効果も期待できます。

このような観点の下、「BLUE ACTION 2035」のPhase 1では約1.2兆円の投資のうち、非海運分野を中心とした安定収益型事業へ重点的に投資を振り分ける計画としています。これまでも、当社グループでは安定的な収益の比率を上げるべく、LNG船事業や海洋事業の強化に努めてきました。特にLNG船事業は規模、競争力ともに世界有数の事業に成長しています。これらに加え、原油船やLPG船など、海運業でも長期契約が獲得できる分野、またフェリーやクルーズ船のように産業用の貨物輸送とは異なる事業、さらには不動産や倉庫など陸上の事業に対する資産配分比率を高めていきたいと考えています。コンテナ船の様にリターンは高いが損益変動も大きい市況享受型事業と、相対的にリターンは低いが損益変動も小さい、LNG船事業や不動産事業といった安定収益型事業の両者をバランス良く組み合わせていくことで、不況に対する抵抗力をつけ、安定的に配当もでき、かつ市況が良い時には大きな利益を享受できる、そんなベストミックスを目指していきたいと考えています。そのためのツールとして導入した「ROA資本コスト」の考え方を活用し、資本効率の改善と適正な事業ポートフォリオ管理を進めていきます。


「BLUE ACTION 2035」の主なポイント② ウェルビーイングライフ営業本部の新設

「BLUE ACTION 2035」における事業面での大きな変化の一つとして、不動産・フェリーに加えクルーズなどを含めた事業を担当する「ウェルビーイングライフ営業本部」を新設したことが挙げられます。海運市況とは違うサイクルで動くこれらの事業群を新たな収益基盤として育てていく姿勢を明確にするためです。当社はクルーズを新たな成長分野の一つと位置づけ、当該事業を拡大すべく、クルーズ船2隻の新規建造方針を決め、その投入に先駆けて既存クルーズ船を購入するなど積極的に投資しています。この判断には、消費行動がコロナ禍から回復する中で、ハイエンドなサービスを求める成熟した国内マーケットが存在するという実感が背景にあります。確固たる国内の需要に加えて、海外からのインバウンドのお客様需要も取り込みながら、クオリティが高いサービスを提供していきます。

もう一つの成長分野の要である不動産事業は、今まで連結子会社のダイビルが国内のオフィスビル賃貸を中心に事業を展開してきました。これからは商船三井のネットワークも活用した海外事業の強化や、レストランやショッピング施設、ホテル等、保有資産の多様化にも取り組んでいきます。モノ消費からコト消費へのシフトはモノを扱う海運業にとっては向かい風ですが、グループ内に成長するコト消費需要に対応できるビジネス群を育成し、これからの新しい社会のニーズにも対応していきます。


「BLUE ACTION 2035」の主なポイント③ 地域戦略の深化による成長実現

今回経営計画を策定する上で、2050年までのメガトレンド分析を実施しましたが、地域毎に経済の発展段階や成熟度に大きな差があり、成長が期待できる分野が大きく異なることを改めて強く感じました。経済が成熟している先進国とまだまだ発展していかなくてはならない東南アジア、南アジア、アフリカなどでは、必要とされるものに大きな違いがあるということです。当社グループとしても、各経済圏の特性に合わせた営業戦略を取っていく必要があります。

欧州や北米においては、環境や再生可能エネルギーに関わるビジネスを中心に事業を伸ばしていくべきですし、東南アジアやインド、アフリカ等に対しては、当社グループが得意としてきたエネルギーや資源、あるいは鋼材、自動車の輸送などにまだまだ可能性があります。

このように、地域特性と会社全体としての戦略をうまく適合させながら、地域戦略の深化と成長を促進していきたいと考えています。そのために、日本以外の世界を5地域(東アジア、東南アジア・大洋州、南アジア・中東、欧州・アフリカ、米州)に分け、それぞれに担当執行役員を任命したほか、これまで東京本社中心だった決裁権限を各地域に移譲する等、体制面の強化も大胆に推し進めていきます。


「BLUE ACTION 2035」の主なポイント④ 「今すぐできること」として、LNG燃料への転換を強力に推進

当社グループでは、「BLUE ACTION 2035」において環境戦略を主要戦略の1つに位置づけるとともに、Phase 1の投資額のうち、過半の6,500億円を環境関連投資としています。また、2023年4月には「商船三井グループ 環境ビジョン2.2」を従来の「同2.1」からアップデートし、中間マイルストーンの整備や排出削減経路の具体化などを盛り込んだ上で発表しました。

これらに基づく一連の施策の中、当社グループの特徴と言えるのが、LNG燃料への転換を強く打ち出している点です。海運業界の中には、大きな設備投資を必要としない代替燃料である、再生可能エネルギー由来のクリーンメタノールやバイオディーゼルに期待する声もありますが、現状これらの代替燃料はごく少量しか供給されていません。メタノール燃料と燃料油を両方使用できる船を整備して、供給体制が整うまで待つ、というのはある意味で船会社に環境対策上の免罪符を与えることになるかもしれません。しかしながら当社は、新燃料の供給を待つ期間に従来通り燃料油を使い続けることは、カーボンバジェットの観点から適切とは考えていません。

LNG燃料は、完全なゼロエミッション燃料ではありませんが、従来の燃料油と比べてGHG排出量を20~30%減らすことができ、SOxNOxといった大気汚染物質も殆ど発生させない、優れた特長を持っています。また、他の代替燃料と比べた最大の利点として、生産及び供給体制が相当整っており、豊富な使用実績があることから、今日からでもすぐに使うことができるという点が挙げられます。一方で、LNG燃料には貯蔵のためにマイナス160度近くの低温を維持しなくてはならないという特性があるため、対応する船は価格が2割程度割高になると言われています。しかしながら、天然ガスは世界各地に分散して豊富な埋蔵量が確認されているほか、新規のガス田開発や新規LNGプロジェクトが続々と立ち上がっていることから、ガス価格の低下を通じて、経済的優位性も徐々に高まっていくと考えています。実際に、再生可能エネルギー等への移行期間における重要な燃料として、天然ガスやLNGに対する国際的なコンセンサンスができ上がりつつあると感じています。

当社グループは、今すぐできることとしてLNG燃料への転換を進めつつ、将来、さらにGHG排出量を削減できる燃料の大量生産体制・供給体制が整ってきた際には、大胆に再度舵を切っていきます。


株主還元方針 株主還元のターゲットを引き上げ、配当性向30%・下限配当150円/株という方針を設定

大きく改善した財務体質も踏まえ、「BLUE ACTION 2035」のPhase 1では、株主還元のターゲットを引き上げ、配当性向30%・下限配当150円/株という方針を掲げました。

従来の配当性向20%から徐々に引き上げてきたところですが、配当性向30%というのは、東証プライム市場平均やグローバルスタンダードと比べると、依然としてやや低い還元率であることは認識しております。しかし、海運業は設備投資をコンスタントに続けていかねばならない事業である上、今後の環境対応投資も巨額にのぼる見通しで、利益剰余金の一定程度は、新規投資に回し続けていく必要があります。

その性質は今後も変わることはありませんが、過去数年間かけて行ってきたLNG船事業における積極的なアセットの積み上げなど、実施決定済の投資による利益貢献が、今後3年の間に相当顕著に実現してくるものと見込んでいますので、Phase 2以降も株主還元のターゲットを少しずつ引き上げていく方向に是非持っていきたいと考えています。


ステークホルダーの皆様へのメッセージ 従前の「日本株式会社的モデル」から「真のグローバル企業」への脱皮を目指す

来年には創立140周年を迎える当社グループは、これまで長きに亘り、日本経済の発展とともに事業規模を拡大してきました。その道程で確立してきた基本的な事業スタイルは、日本のお客様に対してベストなサービスを提供するための組織を構築し経営していく、というものでした。良く訓練された均質なスタッフが、チームワーク良くお互いに助け合いながら仕事をこなしていく「日本株式会社」的モデルが、当社の1つの勝ちパターンでもありました。

しかし、環境課題の高いハードルをクリアし、世界市場の中で成長・発展していく会社を作ることがこれからの命題となる中、当社は今、このような事業スタイル・勝ちパターン頼みの経営から脱皮すべきタイミングに来ていると私は考えています。その成否は、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンの強固な推進にかかってくるとも言えるでしょう。経営幹部層も含めた多国籍人財のインクルージョン、これまで男性社員が主であった幹部ポジションへの女性社員の積極登用、国内日本人スタッフと海外現地外国人スタッフの相互入れ替えなど、組織全体をかき混ぜ、社風も変えていかなくてはなりません。また、優秀な人財を集め、各人のコミットメントを引き出しながら、存分にポテンシャルを発揮してもらうためには、単に利益を上げるだけではなく、社会の公器として、新たな価値を生み出せる、世の中にとって明らかにプラスの存在であって、自分たち自身もやりがいを見いだせるような企業であることも必要であると考えます。これは、株主様から預かった資金で事業を続けている上場企業としての責任でもあります。

当社は今、これまでの「Japan. Inc」の一員から、世界の中で成長し続ける「真のグローバル企業」へ脱皮すべき段階を迎えています。現状、まだそこまでは達していませんが、可能性は十分にあると感じています。これからの数年間でどこまで脱皮を進められるかが、世界の中で大きく発展する商船三井になれるかどうかの分かれ目ではないか、と私は考えています。

株主様を始めとするステークホルダーの皆様におかれましては、引き続き、当社グループに対するご理解とご支援の程を、どうぞよろしくお願い申し上げます。