MOL商船三井

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商船三井の歴史

商船三井の歴史は、1878年に鉄製蒸気船「秀吉丸」で三池炭の海外輸送(口之津ー上海間)を開始し、
1884年に大阪商船が設立されてから始まります。
それから130年以上にわたり、日本の、そして世界の海運をリードしてきました。
その歴史は、日本の海運史そのものと言っても過言ではありません。
130年にわたる商船三井の歩みをご紹介します。

1884

大阪商船の誕生

当社の創業は1884(明治17)年、瀬戸内の船主55名が93隻の船を現物出資して設立した大阪商船にまでさかのぼります。

大阪商船の創業

1942

三井船舶設立

1945~1970

第2次世界大戦による
日本商船隊の壊滅と復興

日本の民間商船隊も軍事輸送に徴用され、日本全体で約2,400隻の船腹と3万人以上の乗組員が失われました。その後、日本が敗戦から立ち直り、鉄鉱石や石油などの資源を輸入し自動車や電化製品などを輸出する貿易立国として復興する中で、当社も海上輸送を通じて日本経済の発展に寄り添いながら、事業の多角化・専門化を進め、多様な船舶を持つ総合海運会社へと発展してきました。

1961

機関室を操舵室から集中制御する世界初の全自動化船「金華山丸」竣工

1964

大阪商船と 三井船舶が合併し、 大阪商船三井船舶発足

1965

日本初の自動車専用船「追浜丸」就航

1968

フルコンテナ船 サービス開始

1973~1985

変動相場制導入・プラザ合意による急激な円高・日本籍船の競争力低下

1973年に米ドル為替は1ドル=360円の固定相場制から変動相場制に移行しました。さらに1985年の「プラザ合意」により1ドル=240円前後だった円為替相場は、1年後には120円台にまで上昇しました。円高により日本籍船の競争力が急激に低下したことから、当社では日本人船員と外国人船員の混乗を進め、日本人船員の大幅な削減を行うこととなりました。

1983

日本初のメタノール専用船「甲山丸」就航

1984

LNG船「泉州丸」就航

電力会社を中心に環境負荷の低い発電エネルギーとして LNG(液化天然ガス)の輸入需要が増加しました。LNGはマイナス162度での輸送が必要となる、大変輸送難易度の高い貨物です。当社は1983年にLNG輸送分野に進出し、現在では発注残を含めると関与隻数を世界最大規模の92隻(2016年3月末時点)にまで拡大しました。

1989

ジャパンラインと山下新日本汽船が合併し、ナビックスライン発足

1995

コンテナ船サービスで初の
アライアンス(戦略的国際提携)
開始

コンテナ船事業では、船舶の建造・航路の運営などに膨大な投資を要します。当社は航路網を補完し合える、米、欧、香港の海運会社とともに、世界的規模で提携するアライアンスを業界で初めて開始し、コンテナ船のスペースをシェアするとともに、寄港地や寄港頻度の拡充を通じ、顧客サービスの充実を図りました。

1996

ケミカルタンカー船社東京マリンを連結子会社化

1999

大阪商船三井船舶とナビックスラインが合併し、商船三井発足

2000

資源・エネルギー輸送分野への
積極投資

資源・エネルギー輸送を得意としていたナビックスラインとの合併(1999年)を経て、中国の経済発展と資源需要増を見越してこの分野に積極投資を行い、鉄鉱石、石炭などを輸送するドライバルク船、原油タンカーやLNG船の整備を進めました。

2004

ダイビルを連結子会社化

2010

FPSO事業へ参画

2012

世界初のハイブリッド自動車船「EMERALD ACE」竣工

2013

日本船社初のFSRU事業への参画

2000~2015

中国爆食経済とその終焉

資源・エネルギー輸送分野での積極投資が功を奏し、中国爆食経済に牽引された未曾有の海運ブームにより、2007年度には当社は史上最高益を計上しました。しかし、2008年のリーマンショック後の世界経済成長減速と船腹供給過剰を背景に、海運市況は一転して下落し、低迷が長引いています。激変した事業環境に対応すべく、当社は2012 年度、2015年度と2度の大きな改革を実施しました。
2016年度は、単年度経営計画を着実に遂行し、荒天を乗り切っていきます。