かつて瀬戸内海を走っていた初代「紅丸(くれないまる)」の船名を受け継ぎ、4代目「くれない」が2023年1月に大阪~別府間で就航しました。その最大の特徴は日本初のLNG燃料フェリーであること。
今回は、本サイト内「さんふらわあ今昔ものがたり」の連載や「さんふらわあ むらさき」進水式レポートなどでお馴染み、フェリーを知り尽くす航海作家の金丸知好さんと、船舶専門のイラストレーターで「さんふらわあ くれない」の船体解剖図を作画いただいたプニップクルーズこと中村辰美さんの対談をお届けします。
船好き仲間として15年来の親交があるという2人が、日本初のLNG燃料フェリーを見て、乗って、何を感じたのか。大阪から別府に向かう「さんふらわあ くれない」の船内で、新造船の魅力とフェリーの楽しみ方について熱く語っていただきました。
フェリーを知り尽くす2人が仰天!
(金丸)
中村さんとは長い付き合いになるけれど、一緒に仕事をするのは初めて。その記念すべき初仕事が、まさか新造船「さんふらわあ くれない」になるとは。本当にたまたまですけど、対談している今日(2023年1月31日)は「さんふらわあ」就航50周年の最終日!そんな記念すべきタイミングで、一緒に新造船に乗れるのはとても感慨深いです。
(中村)
新造船「さんふらわあ くれない」との初対面はどうでしたか?
(金丸)
ターミナルで初めて見た姿は、対面ではなくて僕にお尻を向けていました(笑)。船尾にあるLNG燃料タンクがよく見えたので、「この船は(今までと)違うんだ!」と思いましたね。LNG燃料船であることが一発でわかりましたよ。
(中村)
他に印象的だったことはありました?
(金丸)
船内を見学しているときに何回「すごい」「やばい」と言ったかわかりません。ボキャブラリーがなくなるくらい「すごい」船でした!
(中村)
僕もネットや友達から事前に情報を仕入れていたので「そんなにすごいの?」と半信半疑でしたけど、見てみたら本当にすごかった。「ここまでやるか!」というレベルの船です。逆に、すごくなかったところってありました?
(金丸)
困ったことに(?)ないんですよ。重箱の隅をつつくとすれば、船尾にLNG燃料タンクがあるためデッキから船の航跡を見られないのが残念なことくらいかな?「すごい」ところを一つずつ挙げていきましょう。
ファンネルから煙がほとんど出ない!
(中村)
やはりLNG燃料船ですから、まずは排気でしょう!商船三井の発表では「二酸化炭素(CO2)を約25%、硫黄酸化物(SOx)を100%、窒素酸化物(NOx)を約85%、排出削減する効果が見込める」とあるのですけど、ちょっと僕たちには実感しづらいですよね。でも、出航時にファンネル(煙突)から煙がほとんど出てなくてクリーンな感じがしました。
(金丸)
僕は「さんふらわあ こばると」の出航の様子を“船はゆく、煙は残る”と表現したことがあるんです。でも「くれない」は煙が薄いので、この表現はもう使えなくなってしまいました。
それと、船尾にいるときは“ガガガ”って小刻みに振動するのがこれまでの船では普通なのだけど、あんなに静かなのは初めて。出航のタイミングをデッキ上で待っていましたけど、静かすぎていつ離岸したのか気づかなかったですね(笑)。
(中村)
重油燃料の船にはつきものの重油やオイルの匂いも、この船だとまったくしない。こういった点がLNG燃料船である「くれない」の特徴ですね。
(金丸)
船の出航って、テープを投げたり、手を振ったり、離岸するのを眺めたりすることが多いのに、「煙がほとんど見えないなー」とファンネルをずっと見上げているのは、この船ならではかもしれません。
最先端をゆく「さんふらわあ くれない」
(金丸)
1912年に観光船として初代の「紅丸(くれないまる)」が就航。2代目は最新技術のディーゼル船。1960年の3代目は豪華な内装を備えたデイクルーズの客船。そして、今回の4代目はフェリー初のLNG燃料船と、「くれない」という名を冠した船は常に時代の先を走ってきました。「くれない」と姉妹船の「むらさき」は、それぞれ20世紀初頭・高度経済成長など日本の各時代を牽引してきた象徴的な船です。その名前が現代の「さんふらわあ」に蘇ったのは、日本のフェリーにとって歴史的なすごいことなんです!
(中村)
また「すごい」が出てしまいました(笑)。
(中村)
船のエントランスに入った瞬間に見えるアトリウムの広さと、きれいなブルーグリーンの大階段もすごかったですね。乗船した瞬間に「わあっ!」と思わせるクルーズ客船の手法が取り入れられています。見た目の良さにとてもこだわっていると思いました。
(金丸)
確かに、クルーズ客船のテイストがあちこちに散りばめられています。フェリーに乗るつもりで来ると、乗る船を間違えたのかと思うくらい「さんふらわあ くれない」はクルーズ客船のような豪華さを感じます。「さんふらわあ さつま/きりしま」に乗ったときにエントランスホールを広く感じたのですが、今回はそれ以上の衝撃。アトリウムの天井に映し出されるプロジェクションマッピングも大きく感じましたね。
(中村)
船の幅は「さつま/きりしま」とそれほど変わらないはずなのに、どうしてこんなに広いのだろう。空間がうまく使われているのかな。
(金丸)
細部の装飾も目を見張るものがあります。他社の船でも地方の伝統工芸をデザインとして施すのはよくあるけれど、これほど贅沢に各所に散りばめているのは見たことがありません。別府の伝統工芸品である竹細工など和のテイストが大事にされています。
(中村)
コロナ禍で一時的に旅行が下火になったけれど、再び増えてきたインバウンド需要をかなり意識されているのでしょう。別府は温泉で国際的にも有名だし、瀬戸内海を走るという点からも大阪~別府航路はインバウンドに人気があります。私が学生時代にあいぼり丸(1967年に就航した3代目くれない丸の僚船)に乗ったときも外国人がたくさんいました。「瀬戸内海は日本の地中海だとガイドブックで読みました。海は静かだし、島々がきれいで素晴らしい!」と当時でも言われるくらいでしたからね。
バラエティ豊かでクオリティの高い客室
(金丸)
「フェリーに乗るのが嫌だ」という人に話を聞くと、よく「雑魚寝」が理由にあがってきます。
(中村)
昔のようにカーペット敷きの大部屋で、宴会をしているグループの近くで雑魚寝をするイメージを持っている人は確かに多いですね。あれは辛いですよ。私もいやですもの(笑)。
(金丸)
昔のフェリーは貨物のついでにお客さんを乗せていた感がありました。いまだにそういうフェリーもありますけど、雑魚寝をするような大部屋がないフェリーが最近増えています。それにしても、今回の「グループ和室」という客室には感心しましたよ。見ず知らずの人が隣で寝るということにならないように、グループで泊まれる和の半個室ですもの!今はフェリーでもプライバシーが確保されるようになりましたけど、この船でそれが極まった感じがしますね。
(中村)
手頃な価格帯の客室でそうなのですから、「さんふらわあ」がお客さんの要望をどれだけ大事にしているかということですよ。客室のバリエーションの多さにも、その姿勢があらわれていました。「低価格な客室だからベッドだけ」というのではなくて、工夫して魅力をもたせているところも良かったなぁ。
(金丸)
私は常々言っているのですけど、「フェリーは日本の縮図」なんです。フェリーの中を見るといろいろな人がいるじゃないですか。ビジネスパーソン、子連れの家族、老夫婦、学生のグループ、ペット同伴、おひとり様など。その人たちの使いやすさを突き詰めたから、あれだけの豊富な客室になったのでしょう。もう種類が多すぎて、覚えきれませんでしたよ(笑)。
(中村)
フェリーは乗る人を選びませんものね。車いすを利用する人でも、ペットがいても、小さい子連れでも、フェリーだったら大丈夫!小さい子がいると旅行は面倒ごとが多くてね。僕が子育てをしていたときは周りの乗客の迷惑にならないか心配で、新幹線や飛行機なんか乗る気になりませんでしたよ。家族分の大きな荷物も運べるし、子どもがじっとしていなくても平気だから、自分の車でフェリーに乗って旅行するのが子連れの家族にはおすすめです。
(金丸)
今ではバリアフリー対応の客室があって当たり前な時代になりました。「さんふらわあ くれない」の場合は、広くて段差がないうえに、自動ドア付きでしたね。
(中村)
犬を飼っているから旅行をあきらめている人も多いけど、そういう人にもフェリーはおすすめです。
(金丸)
フェリーは気兼ねなくペットと乗れる唯一の公共交通機関ですからね。犬は新幹線に乗せられないし、飛行機に預けて体調を崩したという話もよく聞きます。お留守番ではかわいそうな気がするし、ペットホテル代も結構かかる。フェリーにはペットと泊まれる客室もドッグランもあるから、ペットと一緒の時間を過ごすことができるというのは大きなメリットではないでしょうか。
(中村)
「ペットは家族の一員」と考えている人が増えていますからね。そういう人たちには最適な乗り物だと思います。
(金丸)
間口が広いから多様な人がフェリーには乗っている。今でいうところのSDGsにふさわしい乗り物と言えるのではないでしょうか。
「さんふらわあ くれない」は、もはやクルーズ客船レベル!?
(金丸)
今回は、コネクティングルームという客室で対談していますけど、ここもすごい!
(中村)
隣り合う別々の和室と洋室を通用扉でつないで行き来できるようにしているから、例えばおじいちゃんおばあちゃんは洋室でゆったり、息子夫婦と子どもは和室でワイワイというような過ごし方にちょうどいいですね。
(金丸)
これまでクルーズ客船にはありましたけど、フェリーでコネクティングルームが採用されたのは初めて。本当の意味で三世代が一緒に船旅を楽しめるような客室が誕生したことになります。
(中村)
このコネクティングルームだけでなく、どの客室も立派なつくりをしていますよね。
(金丸)
昔のフェリーをイメージしている人やフェリーに乗ったことがないのに敬遠している人は、騙されたと思ってぜひ一度乗って欲しい。
(中村)
クルーズ客船しか乗らない人にも見てもらいたい。広々とした部屋にベッドとソファでしょ。きれいなお風呂とトイレも付いていて、デッキに出て海を眺められる。グレードの高い客室のクオリティはクルーズ客船とほとんど変わりませんよ。
(金丸)
この部屋を1泊しか使えないのがもったいない! いつまでもくつろいでいたいのに、朝早くに目的地に着いてしまうのが悔しいです。せめて2泊しないと船の中を楽しみ尽くせないという点からも、この船はほとんどクルーズ客船ですよ。
(中村)
クルーズ客船並みのクオリティという点では、スタッフのサービスもレベルが高いですよね!夕食時にレストランのバイキングで大分名物の「りゅうきゅう」を取り分けたんですよ。その後に、柚子胡椒をつけて丼にすると美味しいというのを知って、調味料がどこにあるのか探していたら、レストランのスタッフがわざわざ持ってきてくれましたからね。
(金丸)
他にも、レストランでの食事中にスタッフの方が、船内イベントや船外に見える名所の呼びかけをされていましたね。船内放送でアナウンスされるのはよく聞くけど、スタッフが直に案内してくれるのは初めての体験で感動しました!食べている間に見逃してしまうことが多いから、さりげないけどファインプレーだと思います。
(中村)
そういう細やかな心配りができるスタッフがいる船は素晴らしいですよね。
(金丸)
広々とした船内、豪華さを感じるデザイン、快適な客室、細やかなサービス。この「さんふらわあ くれない」は、あらゆる面でフェリーの古いイメージを覆してくれるでしょう。本当に、1泊するだけ、一度乗るだけでは楽しみ尽くせない。ある意味、そこがこの船で一番残念なところかも(笑)。
フェリーに並々ならぬ思い入れがある2人のトークは、新造船「さんふらわあ くれない」を目の当たりにした興奮からさらにヒートアップしていきます。対談の続きは、近日公開予定の後編をご覧ください。
≫後編はこちら
金丸知好(カナマルトモヨシ)/航海作家
1966年富山県生まれ。日本のフェリーだけでなく外国航路や、中国や韓国の国内フェリーにも乗船経験が豊富。フェリー専門誌「フェリーズ」(海事プレス社)の執筆、「クルーズ」誌(同)に「フェリーdeクルーズ」を連載している。主な著書に「アジアフェリーで出かけよう!」(出版文化社)、「フェリーでGO!」(ユビキタスタジオ)、「超実践的クルーズ入門」(中公新書ラクレ)など。
プニップクルーズ:中村辰美(なかむら たつみ)/イラストレーター
1957年東京生まれ。中学時代の伊豆大島までの船旅で船の魅力にとり憑かれ、船好きのイラストレーター故柳原良平氏の著書に感銘を受け船の絵を描き始める。会社員生活の傍ら、独学で描いた船の絵をネットで投稿しているうちに船舶業界から認められて船専門のイラストレーターとして独立。クルーズ客船のギフト商品、船のパンフレットや広報誌の表紙、船旅雑誌のイラスト記事などのほか、東京海洋大学やクルーズ客船での水彩画教室も実施。2021年に画集「船体解剖図」を出版。年一回、横浜で個展を開催。
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