もくじ
最近、日本のフェリー業界は新造船ブームを迎えています。われらが「さんふらわあ」も昨年は大洗–苫小牧航路に「さんふらわあ ふらの」と「さんふらわあ さっぽろ」が、今年は大阪–志布志航路に「さんふらわあ さつま」が就航しました。そして9月には新しい「さんふらわあ きりしま」も就航予定です。
もっと快適に過ごしたい、ペットと一緒に旅をしたい、そんな個人客に向けた設備やサービスを整えた新造船によって新しい時代を迎えつつあるフェリー旅。
しかしフェリーの旅は旅行手段としてはまだまだマイナーです。どんな魅力があるのか、どんな旅が楽しめるのか、知らない人も多いのが実際のところではないでしょうか。
そこで今回は本誌で「さんふらわあ今昔ものがたり」を連載中の航海作家・カナマルトモヨシ氏と、近ごろすっかりフェリー旅に夢中の旅行ライター・いからしひろき氏に、大阪港から志布志港行きの新造船「さんふらわあ さつま」の船内でフェリー旅の魅力について語り合っていただきました。
予想以上に盛り上がったこの対談、2回に分けてお届けしましょう。
フェリー旅は“非日常”だらけ
(いからし)
まず率直に、フェリー旅の魅力ってなんでしょう?
(カナマル)
日本の縮図が見られるってことですね。フェリーってお年寄りから、サラリーマン、子ども、犬まで乗っている(笑)。もちろんトラックドライバーも。近ごろは訪日外国人観光客もフェリーを使っている。その他、学生、お遍路さん、色々ですよ。しかも一緒に乗っている時間が長いから、お互いの様子がよくわかる。これって他の交通手段ではありえないですよね。
(いからし)
確かに。新幹線なんてほとんどサラリーマンですからね。しかもトイレに行く時に客席を見渡して、初めて「ああ、こんな人達が乗っていたんだ」ってわかるくらい、周りに無関心ですよね。
(カナマル)
あと、フェリー旅はやることが盛りだくさん!
(いからし)
ええ? 乗ったことが無い人からは、「10時間以上もどうやってすごすの?」って聞かれますよ。
(カナマル)
なにを言ってるんですか! 仮に乗船時間が13時間だとして、日付をまたぐから半分は睡眠時間でしょう? 残りの時間でメシ食ったり、風呂入ったり、今はスマホも繋がるようになってきているし、星空教室などのイベントもあるから、逆にいくら時間があっても足りない!
(いからし)
な、な、なるほど。そういえば僕もこのあいだ大洗から苫小牧に行く途中で朝風呂に入ったんですけど、最高でしたねえ。いま俺は海の上で風呂に入りながら朝日を拝んでるぞ!って、1人で叫んじゃいました(笑)
地面が海に落ちてくる!?
(カナマル)
あとね、船上から日本を見たことがある人は少ないんですよ。自分の住んでいる国の見方が全然変わりますよ。
(いからし)
日本って海洋国家だけど、海から見ることって漁師さん以外あまり無いですもんね。
(カナマル)
そうそう。海に囲まれているのにもったいないですよ。本当、海から見る佐多岬ってすごいんですから。ああ、ここで本土が果てるんだっていう感じがしますよ。落ちてくるんですよ地面が海に!
(いからし)
地面が落ちてくる……、まさに日本の輪郭ですね。
(カナマル)
明日は志布志湾に入る予定ですが、入った瞬間、さっきまでの揺れがピタッと止まります。面白いですよ。そういう体験をする機会ってあまりないじゃないですか。あと、船の上からだと天気にも敏感になりますよね。ああ、今日は湿っていて、あそこに雨雲があるなあ……なんて。陸地にいるとなかなかわからない。
(編集部注:このあとしばらく船上における気象変化についてカナマル氏が語り続けましたが長いので割愛します)
ドラマは現地じゃなく、旅の途中で起こる
(いからし)
フェリー旅って、“プロセス”を楽しめる乗り物だと思うんですよ。
(カナマル)
と言いますと?
(いからし)
僕、全国の自治体さんから呼んでいただいて、現地の観光地などを取材することが仕事の一つなんですが、そういう時って目的地までのプロセスって関係ないんですよね。そこに行ってからが旅行のスタートっていうか。本当は家を出てから目的地に行くまでのプロセスも含めて旅なんですけどね。でもフェリーは、そのプロセスそのものだから。
(カナマル)
日本人に限らず人間ってどんどん短縮しようとする生き物。昔は船でヨーロッパまで1ヶ月かかったのが今は12時間。それでも12時間って長えーって!
(いからし)
弥次さん喜多さんの「東海道中膝栗毛」だって、お伊勢参りに向かう道中、つまりプロセスでの物語ですからね。”寿司食いねぇ”の森の石松だって船の上での話。ドラマは現地じゃなく、旅の途中で起こるんです。
(カナマル)
はは、確かに(笑)。いからしさんは旅行ライターですけど、普段移動手段として船を使うことは?
(いからし)
実はほとんどないんですよね。
(カナマル)
それはなぜ? もったいない!
(いからし)
やっぱり仕事なんで。いかに効率よく取材地まで移動するかということが大事。ぶっちゃけ依頼元から交通費も出してもらえるので、そうなるとやっぱり飛行機とか新幹線とか選んじゃいますよね。正直、フェリーというのは最初に選択肢から外れる移動手段です。
(カナマル)
もったいない、実にもったいない!(笑) そんないからしさんは最近フェリーの体験乗船の取材が増えたと聞きましたが、乗ってみてイメージ変わりました?
(いからし)
変わりましたね。旅の概念が変わりました。
(カナマル)
概念が!それはまた大きく変わりましたね!
(いからし)
景気はますます右肩下がりで、収入はもちろん、働ける時間すら減っていく。つまり金はないけど時間はあるという時代になるわけで、そうなるとフェリー旅って、旅の主流になるんじゃないかと。
(カナマル)
ほほう。
(いからし)
無理して飛行機でピャーって行って、時間を余らしちゃったりするくらいなら、フェリーでのんびり行って、行くまでの時間をみんなで楽しむほうがいいんじゃないでしょうか。これまでは観光地ばっかり見てたけど、これからは家族の顔をもっと見ようよ、絆を深めようよって旅が増えていくような気がするんですよね。
(カナマル)
僕もそう思いますね〜。家族の顔をもっと見ようよ、っていいですね。それには船旅が一番。
まだまだ目新しい「海からのインスタ映え」
(いからし)
ところで先ほどフェリーは日本の縮図とおっしゃいましたけど、いろんな人たちとの出会いは、実際にありましたか?
(カナマル)
まあ僕も内気な方なんで(笑)──でもね、お酒を奢ってもらったり、 学生さんと意気投合して「じゃあ船を降りたら一緒にそこまで行こう」となったりは結構ありますよ。
(いからし)
へ〜。
(カナマル)
船に乗っている間って“非日常”だから、心の垣根も取り除かれるのかもしれませんね。ホント、普段見ないものばかり。夕日が海に沈む光景とか、北海道の方ではイルカの群れとか、虹だって海の上に架かったりしますからね。
(いからし)
そりゃ非日常だなあ!
(カナマル)
あと“橋”ね。みんな瀬戸大橋って渡るもんだと思っているけど、僕にとっては船に乗って見上げるもの。明石海峡なんか夜はライトアップされてものすごく綺麗ですよ。この感動は下から見てみないとわからない!
(いからし)
僕もこの前、別府行きの瀬戸内海航路に乗りましたけど、明石海峡大橋をくぐった瞬間、甲板にいた乗客全員が「わぁ〜!」って歓声あげてました。もちろん僕もです。
(カナマル)
あれって不思議なもんで、僕も何回も体験してるのに、30分前からスタンバっちゃう(笑)
(いからし)
旅行業界って今、インスタ映えするかどうかが全てで、自治体も旅行客を呼びたいから、“おらが村のインスタ映えスポット”を必死で探してるんですよ。ただの森を指さして「これ、ハートの形に見えません?」って、そりゃ無理あるだろうって(笑)。要は普段見れない景色を写真に撮りたいんだろうけど、だったらフェリーに乗ればいい。普段見られない橋を下から見られたり、普段は海に向かってしか見られない日本を外から見られたり……まだ「海からのインスタ映えスポット」ってあまり出回ってない。
(カナマル)
海から見る明石の天文台って面白いですよ。橋をくぐった後に、昼だったら天文台が見えるんですよ。いま俺は日本のグリニッジにいる!って思えますよ。しかも後ろに淡路島があるんです。これすごい絶景ですよ。
(いからし )
「海から百景」とかやりましょうよ!
(カナマル)
いいですね! 100ヶ所ぐらいならすぐ選べますよ。まずは……
(編集部注:このあとカナマルさんによる海から百景のネタ出しが続きましたが、別の記事になるほどたくさんあったのでここでは省略します)
時間がかかるからこそ船旅にはロマンがある
(カナマル)
ある人が言っていたんですけど、人間には2種類あって「船旅をしたことがある人とない人」だそう。僕はさらに「陸地を海から見たことがある人と見たことがない人」にも分けられると思うんですよ。それくらい、船旅は人の価値観を変える力がある。
(いからし)
僕もこの前、別府行きの瀬戸内海航路で夕方出港するとき、静かに離れていく大阪港の夜景を船の上から見たときは、なんだかジーンとしました。
(カナマル)
東京港もいいですよ。今は東京出港のフェリーは少ないんですが、船尾から見る東京の夜景ってすごく感動しますよ。東京タワーも見えるし、スカイツリーも見えるし、レインボーブリッジも……。叫びたくなりますよ「グッバイ東京!」って(笑)
(いからし)
失恋した時とか仕事をクビになった時とか絶対船ですよね(笑)
(カナマル)
実際そういうお客さん多いんですよ。以前、東京行きの船に乗っている人に話を聞いたんだけど、「東京に行けば何かあるかも」って乗り込んだそうです…。それって映画でしょ!対抗しうるとしたら寝台列車なんだけど、日本ではいま寝台列車はほぼ全滅しているので……。
新しいさつまには船内だけでなく甲板にもくつろげる空間が用意されている。人生を振り返りたい方はぜひどうぞ!
(いからし)
安いってのもあるんだろうけど、訳ありの時って自分を見つめ直す時間が欲しいじゃないですか。新幹線で2時間じゃそんな暇もない。船に乗っている間は借金取りも来ないし(笑)。乗っている間だけは現実から離れられる。その間に良い手が浮かんだりして。少なくとも船を降りる頃には気持ちが少しラクになっている。まあ勝手な想像ですけどね。
(カナマル)
いや、そういうのあると思いますよ。単純に言えば、船旅ってロマンが感じられるんですよね。
(いからし)
今年は明治維新150周年。松下村塾の吉田松陰も船で密航しようとしましたし、やっぱり船ってロマンがありますよね。
(カナマル)
僕が船に乗るようになった理由もそこ。僕の初めて船旅は上海行きのフェリーなんです。当時NHKの「シルクロード」っていうドキュメンタリーが人気で、しかも中国とは国交を回復したばかりで謎の部分が多く、YMO が人民服を着たりもして、なんか中国ブームだったんですよ。
(いからし)
ありましたねえ。
(カナマル)
で、行ってみたい外国ナンバーワンが中国。でもなかなか行けなかったのが、フェリーができたことで2泊3日かかるけど行けるようになった。そんな時に多くの若者が「俺は現代の遣唐使だ!」みたいなノリになっちゃって、僕もその1人でした。
(いからし)
けっこう影響されやすい性格ですか(笑)?
(カナマル)
ハハ、それはあるかもしれない(笑)。あとは高杉晋作。あの人も船で上海に行ってるんですよ。だから上海に船で行くなんて、高杉晋作みたい!って。自分も大活躍できるんじゃないかって勘違いしてしまって(笑)。まあ、そのまま船にハマってしまって、結果、いまだに変な活躍はしてますけどね(笑)
(いからし)
大活躍ですよ!
(カナマル)
でも上海って、今は簡単に飛行機で行けますけど、当時は遠いなあ、やっぱり外国なんだなぁって思いましたよね。船に乗るとよくわかりますよ、本当の距離感が。鹿児島も遠い! だって今まだ徳島沖ですよ(笑)
(いからし)
ただ、船旅って十何時間もかかるから効率が悪いんじゃないかって考える人もいると思うんですが、むしろ逆だと思いますね。
(カナマル)
そうそう!
(いからし)
例えば同じように安く行ける交通手段として高速バスがありますけど、以前取材で東京から尾道まで夜中に行った時、途中の12時間はまあ寝るしかなくて。かといって寝られないし、でも動けないわけですよ、座席から。12時間軟禁状態。だけどフェリーならその間に酒盛りもできるし、仕事もできるし、お風呂にも入れるし、めちゃくちゃ効率イイなって。
(カナマル)
そうですよ。今回だって、明日起きたら宮崎最南端の都井岬ですからね。びっくりしますよ。
(いからし)
ホテルが動いてるようなもんですよね。深夜バスもそれを真似して個室タイプの豪華なバスを運行してますけど、正直快適さは船にはかなわない。だって足伸ばして寝られるし。
(カナマル)
たしかに。
時代がフェリーに追いついた?
(いからし)
あと最近の旅行のトレンドは、あちこち観光に行かないで旅館やホテルでのんびりするというのが人気。そしてフェリーならそれを移動しながらできる。こう考えると、実はフェリー旅って最先端なんじゃないかなぁって……。
(カナマル)
それ、船旅は昔から変わってないんですよ。時代がやっとフェリーに追いついて来た!
(いからし)
なるほど、ようやく追いつきましたか!
(カナマル)
運賃だけで比較すると、飛行機のLCCとかの方が安いんですよ。だけどLCC にはない付加価値がフェリーにはある。酒飲んで、飯食って、どんだけ荷物を持ち込んでも追加料金を取られない。犬を連れて来ても──ドッグルームの追加料金はかかりますが──好きな時間に餌を与えに行けるし、一緒にドッグランで遊べたりもできるし、一緒に泊まったりもできる。
(いからし)
ライバルはホテルですよ。今ちょっとしたビジネスホテルでも1万円超えるじゃないですか。繁忙期なんてシングルでも2万円越え。だけどフェリーは運賃もコミコミ!
(カナマル)
一周回っちゃったんですね。僕は25年も前からやってますから。
(いからし)
先見の明ありすぎです!
カナマル・イカラシ
金丸知好(カナマルトモヨシ)=写真右
富山県出身。海と船旅を愛する航海作家。学生時代に神戸から上海へ船で渡って以来、船旅の魅力にとりつかれ、日本国内や韓国・中国・台湾・ロシアなど外国行きのフェリーに乗船すること多数。アジアのみならず欧州・アフリカ・北中米カリブ・南米・オセアニアと世界中をクルーズしている。著書に「超実践的クルーズ入門―自分だけの旅を作りたい人へ」 (中公新書ラクレ)などがある。「カジュアルクルーズ さんふらわあ」でも「さんふらわあ今昔ものがたり」を連載中。
いからしひろき=写真左
新潟県出身。ライター・構成作家。食・酒・旅を主なテーマに、雑誌、テレビ、ウェブで活躍中。月刊誌「おとなの週末」での妄想的歴史散策エッセイ『東京タイムトリップ』は連載2年を超える。日本旅のペンクラブ理事。今年、“旅と酒とパワースポット”“東京の地形”をテーマにした本を2冊出版予定。
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