世界をまわれアリゲータ

 商船三井のコンテナに描かれているアリゲータのマークができて、もう10年なのだそうですね。いつぞや、この‘うなばら’紙上に是則直道さんがこのマークが生まれたときのいきさつを書いていましたが、今回はそのマークを描いた張本人の私めに、その当時のことをとご指名いただき、社外の人間ながら、ちょっと書かせてもらいます。
 社外の人間とはいえ、私は、実は昭和23年ごろから商船三井と付き合いが始まっていて、いわば応援団のような立場で今まで続いています。名誉船長の辞令までいただき、制服・制帽一式をもらっています。社船だった‘ぷらじる丸’や‘あるぜんちな丸’が移民船をやめて客船になったときに、大きなポスターをデザインさせてもらいましたし、カレンダーの表紙も東京支店が発行する毎月のスケジュールの表紙も、私の絵が使われているのは、ご存知の方も多いと思います。
 さて、あのアリゲータのマークは、そういう古い付き合いの関係で私に制作の依頼がまいりました。直接の窓口は総務部の広報チームで岡林康さんでした。今は大洋フェリーの総務部長をなさっています。使うのは是則さんたち。この人とは学生時代から関西の船好き仲間の1人として親しかったのです。当時はコンテナ室勤務でした。
 会社側からの希望は、まず日本航空のツルのマークのようなものを、ということでした。たしかにあのマークはなかなか良いデザインです。もっとも私は、いわゆるデザイナーではなく、少し内容の具体的な絵を描くイラストレーターなので、果たしてあんなシンプルなものができるかどうか自信はありませんでした。シンボルマーク的なものよりも、少しなじみのあるもののほうが私には向いていると思いました。
 私はサントリーの宣伝部にいて広告の絵を描いたことがありますが、ウイスキーのように楽しく酔わせる商品の広告は、大いに派手に思い切ったアイディアでやっていけばいいのです。ところが平常そんな宣伝もせず、特に貨物を相手の場合は一層地味なものです。会社に勤めている人たちもどちらかと言えば、お堅い感じの傾向があります。そんなふん囲気を考えて、比較的おとなしいデザインを初めはつくってみました。‘人魚’‘ばしょうカジキ’‘とび魚’といったものを扱ってみましたか、案外、会社の人はそういう図柄には満足せず、もっと戦闘的な、そしてコンテナの性格上、水陸両面で活躍するものをという話になり、ワニを使ってみることにしました。
 ワニというとちょっと怖い印象があって、一般の商標には向かないものなのですが、あえてデザイン化することになったのです。いろいろ調べてみると、同じワニでもクロコダイルは凶暴で外国でも嫌われていることが分かりました。いっぽう、アリゲータはおとなしくて人々にも好かれているそうです。当然ながら、あのマークに使われたワニはアリゲータの特徴を生かして描きました。どこが違うかですか? 描いたときは憶えていましたが、今は忘れてしまいました。鼻が丸く大きいとか、背中の丸いコブなどではなかったでしょうか。
 とにかく、オレンジのライフ・ブイにワニがまたがり、銀色のコンテナを抱えているあのデザインができました。かついでいるコンテナも、初めはただ銀色の直方体だったのですが、是則さんが「棺おけみたいヤデ」と悪口を言うので、詳細に描き込んだ今の絵に変わりました。腕にイカリのいれずみをしているのがしゃれているでしょう。
 前にも申しましたように、常識的には怖がられているワニを素材に選んだところが成功の原因だと思います。あまり宣伝に力を入れない船会社でありながら思い切った、大胆な図柄を採用した担当者の人たちのセンスの良さを、私は感心しましたし、見直しました。
 初めの日本航空のツルのマークとは、やはり趣きを異にした図柄になりましたが、身びいきで言うならば、ツルのマークよりもユーモラスで楽しく、人間味があるのではないでしょうか。スカンダッチの朱色のスクリューのデザインなど、専門的な目で見ればなかなかスマートですが、一般の人にはそれほど親しみを感じさせません。すっきりしたデザインと効果のあるデザインとは違いがあります。
 ついでに商船三井グループでいくつか私がデザインしたものがありますので、紹介させてください。大洋フェリーの会社のマーク、大の字と波をあしらったものですが、これも同社が発足したときにデザインしました。またデビュー当時の船「おりおん」「ぺガサス」の船腹の彗(すい)星の絵もそうです。日本沿海フェリーが使っているネプチュ ーンもそうですし、商船三井興産の社章も私の近作のひとつです。
 コンテナのアリゲータ・マークを見て、あんなのをデザインしてくれと時々注文がきますが、なかなかそれを上回る傑作はできません。私に制作意欲を起こさせた商船三井の人たちがすばらしかったのだと思います。私が使う旅行用のカバンにもみんな、あのステッカーをはっています。自分のカバンだと識別するのに大変便利ですから…。
 私自身もあのアリゲータ・マークは大変気に入っており、傑作のひとつだと思っています。商船三井の皆さんも、いつまでもあのワニ公をかわいがってやってください。

(昭和53年10月号 商船三井社内報「うなばら」掲載)