リスク管理
世界中で幅広く事業を展開する当社は、様々なリスクに晒されています。そこで、下表の通り種別ごとに担当部門を置き、所定の規程やルールに従って、リスク量の把握やヘッジによるエクスポージャーの削減、保険付保等によるリスク移転を含めたリスク低減策を講じています。各担当部門によるリスク管理の状況は定期的に経営会議に報告され、情報の一元管理と必要な判断・対応が行われています。また、 新規の投資判断にあたっては、社内審査部門によりリスクの洗い出しを行い、必要に応じて各管理担当部門のアセスメントを経て、意思決定プロセスに入ります。案件の重要性に応じて、経営会議付議の前に投融資委員会にて事前審議が行われ、リスクの掘り下げや論点整理がなされます。最重要案件については、経営会議における慎重な審議を経て取締役会に付議されますが、想定されるリスクについてのサマリーシートに基づき議論することをルールとするなど、リスク管理を重視した判断を行っています。

- 船舶・海上プラント等の運航・操業に伴うリスク
- 海運市況に関わるリスク
- 為替変動リスク
- 金利変動リスク
- 船舶燃料油価格変動リスク
- 気候変動リスク
- サイバーセキュリティリスク
- 自然災害・疫病に関するリスク
- グループ会社の事業運営リスク
- サプライチェーンに関わるリスク
- 人権に関わるリスク
- トータルリスクコントロールの概要
船舶・海上プラント等の運航・操業に伴うリスク
海運業を中心として、約800隻の多様な船舶や海上プラントを運航・操業し、様々な社会インフラを提供する当社にとって、衝突・座礁・火災といった事故による船体・積み荷・乗組員への損害や損傷、貨物油や燃料油流出による環境汚染(油濁)は最も重大なリスクの一つです。当社は事故を未然に防ぐため、保有船・傭船の区別に関わらず、安全運航本部と各営業本部、船主(傭船の場合)、及び船舶管理会社との緊密な連携のもと、船員に対する教育・指導や、安全を担保する船体仕様の整備などソフト面・ハード面で様々な対策を講じています。また、海賊やテロの危険に対しても、十分な訓練、緻密な運航ルール設定、陸上からのサポート、必要な設備の設置など、様々な備えを行っています。(→当社の安全運航への取り組みについてはこちらもご覧ください)
なお、最善を尽くした上でも避けきれない事故によって当社自身もしくは関係者に損害が発生した場合においても、業績に大きな影響を受けることを回避するため、また十分な補償原資を確保するため、必要な金額の各種保険(賠償責任保険・船体保険・戦争保険・不稼働損失保険)を付保し、備えとしています。
また、レピュテーションリスクを抑えるため、事故発生時のメディア対応や情報発信について、年に一度重大海難事故緊急対応訓練を実施しているほか(→2021年度実施分の詳細はこちらをご覧ください)、必要に応じメディアコンサルタントを起用しています。
海運市況に関わるリスク
外航海運業を営む上で、事故と並んで根源的なのが、海上荷動きや船腹供給量に左右される海運市況の変動リスクです。海上荷動きは、世界各国の政治経済動向や各産業構造の変化等に影響を受け、船腹供給量は業界内プレーヤーの動きにより増減するため、当社単独ではコントロールが難しいものです。そこで当社は、①リスク総量の限定、②リスクの分散、③期中リスク量の削減により、過大な市況リスクを負わないよう管理をしています。
なお、当社が抱える海運市況リスクの総量については、「トータルリスクコントロール」と呼ぶ仕組みにより、定期的に測定するとともに、自己資本との比較で過大とならないようコントロールしています。(→後段の「トータルリスクコントロールの概要」もご参照ください)
リスク総量の限定
当社は、国内外の信用力の高いお客様との中長期契約獲得を積極的に推し進め、船隊のうち市況に晒される隻数を絞り込むことで、海運市況変動による業績変動リスクの低減を図っています。加えて、船舶の運用期間と調達期間をできるだけマッチさせることで、市況に対してニュートラルな状態を作り出しリスクを限定しています。
船種別調達・契約期間のバリエーション(連結/隻数ベース)
(2021年3月末時点)
■中長期調達・中長期契約船 ■中長期調達・短期契約船(市況エクスポージャー部分) ■短期調達・短期契約船
主要船種・船型別市況エクスポージャー比率(連結/隻数ベース)
(2021年3月末時点)
全体隻数 | 市況エクスポージャー比率 | |
---|---|---|
ケープサイズ | 81 | 36% |
中小型バルカー | 101 | 2% |
VLCC | 32 | 19% |
プロダクト船 | 22 | 68% |
LPG船 | 9 | 0% |
市況エクスポージャー
中長期調達船で、2年以上の契約が付いていない船の割合。複数荷主の貨物を積み合わせる船を含む。
また、中長期契約を前提としない船舶に投資する場合においても、将来的な船腹需給バランスの見通しを注意深く精査した上で、選別的に実行しています。
リスクの分散
当社グループは、ドライバルク船、油送船、LNG船、自動車船、コンテナ船などを運航し、資源から製品まで様々な種類の貨物を運んでいます。加えて、FPSO(浮体式海洋石油・ガス生産貯蔵積出設備)やFSRU(浮体式LNG貯蔵再ガス化設備)といった海洋事業分野のビジネスも拡大しています。貨物・船型・ビジネスごとに運賃もしくは貸船料市況が形成されていますが、それらには相関関係が高いものがある一方、経済環境によっては変動を相互に打ち消し合うものもあります。多数の船種やビジネスを幅広く展開することで、特定の船種・ビジネスの市況変動に左右されない、安定的な経営を目指しています。また、船種ごとに当社がどの程度の市況エクスポージャーを許容できるかも勘案しつつ、最適な事業ポートフォリオを組むことによって、リスクを軽減しながら、より高く安定的なリターンを追求することが可能となります。(→当社グループが展開する事業についてはこちらをご覧ください)
期中リスク量の削減
リスク総量の限定や、リスクの分散に加え、期中リスク量の削減策としては、ケープサイズバルカーやVLCCといった船種において、FFA(運賃先物取引)をヘッジ手段として活用しています。これにより、既に進行中の事業年度におけるエクスポージャーを抑え、損益の安定化を図っています。
為替変動リスク
外航海運業においては、収入の大部分が米ドル建てであるのに対し、コストや借入の一部が円建てのため、為替リスクを負っています。当社は、費用のドル化やドル借入によりエクスポージャーを限定し、その上で期中に機動的な為替ヘッジも実行することで、リスク低減に努めています。
金利変動リスク
当社グループでは、運転資金や設備資金需要は、主として銀行等金融機関からの借入れや社債などで対応しており、変動金利で調達する部分については金利変動リスクに晒されています。船舶の新規建造や更新のための設備投資に際して、長期の設備資金調達を行う場合、固定金利借入や金利スワップ等を活用することで、金利変動リスクを回避することを原則とし、金利上昇時の損益への影響を抑えています。
船舶燃料油価格変動リスク
燃料油コストは船舶運航費用の大きな部分を占めることから、かつてその価格変動は当社グループの損益に多大な影響を及ぼしていました。しかしながら、現在では中長期契約の大部分に燃料油価格変動リスクをお客様にご負担いただく条項が含まれているほか、短期契約においても、その時々の燃料油価格に基づく運賃提示を行うか、一定の算式によって燃料油価格変動を運賃に反映する契約としています。それでも残る限られたエクスポージャーに関しても、燃料油先物取引を活用してリスク量の縮減に努めており、燃料油価格変動による損益影響は今では極めて限定的となっています。
気候変動リスク
地球温暖化をはじめとする気候変動は、気象・海象の変化をより激しくし、安全運航の妨げに繋がる危険性があります。また、気候変動対策としての脱炭素化の流れは、大量の燃料油を必要とし、主要貨物として様々な化石エネルギー資源を輸送する当社にとって、公的規制等によるコスト増大や輸送需要の構造的減少などの形で事業環境を大きく変える可能性があります。
当社はこうした流れに即して「商船三井グループ 環境ビジョン2.1」において2050年までのGHGネットゼロ・エミッション目標を掲げ、その達成に向けてロードマップを策定・公表し、クリーン代替燃料や省エネ技術の導入、効率運航の深度化等を進めています。また、代替燃料輸送や低・脱炭素化に資するソリューションを開発・提供することにより、脱炭素化の流れを新たな需要喚起に繋げ、ビジネスチャンスとしていきます。当社グループが負う気候変動リスクの全体像や対処方針については、TCFDの枠組みを活用し、可視化に努めています。 (→当社のTCFD提言に基づく開示はこちらをご覧ください)
サイバーセキュリティリスク
当社は、近年高まるサイバーセキュリティリスクに対して、セキュリティ事案の抑止策を講じるとともに、万が一発生した場合の影響を最小限に抑えるべく対応を行っています。 (→詳細はこちらをご覧ください)
自然災害・疫病に関するリスク
大規模な地震等の災害発生や感染症の流行(以下「災害等」)により、当社の運航船・事業所・設備や社員に被害が発生し、事業活動に支障が生じる可能性があります。当社では災害等に際して運航船と役職員の安全を最優先に確保し、サプライチェーンを支える社会的役割を継続して果たすこと、また万が一それが中断した場合に早期復旧を図ることを目的に、事業継続計画(BCP)を策定しています。BCPでは、船舶の安全運航維持に関わる業務、運送契約・傭船契約の履行、財務手当て、要員確保等の実施に向けて対応組織・権限等を整備し、具体的な実施手順をマニュアル化しています。
また、サテライトオフィスやシステムのバックアップ体制も整備しており、さらに、本社役職員全員にノート型パソコンを配布し、クラウド型ツール等を活用することで、リモート環境から勤務可能な就労体制を整えています。
災害等を想定した本社・社外での訓練等を定期的に実施しており、そこで明確になった課題に対処することで、より実効性を高めています。
グループ会社の事業運営リスク
当社は国内外に450社を超えるグループ会社を有しています。各社において適正に業務が遂行されるよう、グループ会社経営管理規程に基づき、各社から適時に必要な報告を受け、経営状態及び事業リスクを適切に把握するほか、重要性が高い事項については当社の承認を得た上で実行するよう求めています。
また、グループ会社におけるコンプライアンス確保のため、グループ各社においても当社規程に即した諸規程を定めることとしているほか、当社コンプライアンス相談窓口にてグループ会社役職員からの相談も受け付けています。
監査については、各社が適切に内部監査体制を構築するとともに、当社の経営監査部が内部監査規程に基づき国内外グループ会社に対して定期・臨時に実施しています。
サプライチェーンに関わるリスク
当社は、事業を営む上で欠かせない船舶を造船所(保有船)及び船主(傭船)から調達しています。保有船及び傭船の双方に対して「MOL安全標準仕様」を適用して支配船の設備を一定水準以上に揃えるとともに(短期傭船を除く)、標準仕様自体を効果の面から随時見直しています。保有船の建造期間においては、造船所に監督を派遣し、建造品質を現地で綿密にウォッチするほか、定期的に造船所工場長・安全管理責任者らと現場状況確認を実施し、作業員のケガ・火災等の発生に繋がる要素の発見に努め、必要に応じて是正要請を行っています。また、2020年のモーリシャス沖事故を踏まえ、船主手配船員選定への関与を深めるなど、傭船に対する安全管理を全面的に強化する予定です。役目を終えた保有船は売却しますが、相手先が対象船を解撤する場合には、所定の安全・環境・労働基準を満たし、シップリサイクル条約*に適合している旨を第三者機関(一般財団法人日本海事協会)が認証しているヤードを起用することを条件としています。また、解体作業の様子も詳細なレポートを作成させることで管理しています。
このように、当社は船舶の竣工・傭船開始前、また売却後の段階にも積極的に関与することで、引き続き安全の確保、環境負荷軽減、発注先の労働環境改善を図っていきます。なお、船舶を含む全てのモノ・サービス等の調達時には、「商船三井グループ調達基本方針」に従って進めています。
* 船舶の安全かつ環境上適正な再資源化のため、IMOにより2009年5月に採択された条約。各国の批准過程にあり、2021年8月時点で未発効。条約では、船舶上にある有害物質の数量・場所を一元管理するリスト(インベントリ)の作成・維持や、船舶リサイクル施設(解撤ヤード)に求められる要件などについて定められている。当社の解撤ヤード選定ルールは本条約発効を先取りしたもの
人権に関わるリスク
グローバルに事業を展開する当社にとって、グループ従業員をはじめ、サプライチェーンに関わる幅広い人々の人権が尊重されることは、安全・健康の確保や多様な人材が活躍できる環境づくりの面において、必要不可欠です。そうした考えから、当社役職員の行動基準に人権の尊重及び差別・ハラスメントの禁止を盛り込んでいるほか、サステナビリティ課題におけるテーマの一つとして取り組みを推進してきました。ILO(国際労働機関)やMLC2006(海上の労働に 関する条約)等の国際的な基準を満たすのみならず、当社としてより高い水準の取り組みを推進していきます。(→当社の人権に関する取り組みはこちらをご覧ください)
トータルリスクコントロールの概要
- リスク総量管理の重要性と、トータルリスクコントロールの導入
運賃市況は非常にボラティリティが高い上、リースや傭船等の手段があることにより、海運会社はバランスシートの制約に必ずしも縛られず、比較的容易に船隊を拡大することができます。ボラティリティの高さとレバレッジの掛けやすさが併存するこの事業特性は、一歩間違うと容易にリスク過多の状況に陥りやすいことを意味しており、海運会社の長期安定的な経営にとって、「自社が取りうるリスク総量の見極め」、「実際に自社が取っているリスク量の把握」、「両者のバランスを取る仕組み」はいずれも極めて重要です。
当社は、2000年代の海運ブーム期終盤、世界的な船腹不足がさらに継続すると目論見、適切なタイミングで投資を縮減することができませんでした。その後、多数の発注残を積み上げた状態で2010年代の長期市況低迷期に突入し、それらが高コスト船として続々と竣工した結果、事業構造改革で抜本的な対策を行うまで損益上の大きな重石となり続けました。その痛切な反省から、将来の過剰投資を戒める憲法的な存在として、2014年に「トータルリスクコントロール」と呼ぶ独自の仕組みを開発、導入しました。 - トータルリスクコントロールの考え方
この手法は、金融機関で幅広く利用されているリスク管理手法を海運業向けに応用したもので、全船隊に対して同時に相当程度のストレスシナリオ(低運賃市況・低売船市況)を適用、それが一定期間継続した場合に想定される最大の損失額を計算し、その総額が自己資本との比較で過大とならないように管理するものです。すなわち、「全ての保有船を売却すれば全ての借入を返済できる」状態を一つの基準とし、取りうる総リスク量として意識するもの、とも言えます。この仕組みにおいては、たとえ同じケープサイズバルカー1隻であっても、長期契約を持つ船、また船価(自社船の場合)や傭船料(傭船の場合)が安い船は低リスク量、逆に短期市況に晒される船、船価や傭船料が高い船は高リスク量と評価される設計になっています。また、各船種の市況が異なるタイミングで変動することによる分散効果も考慮しています。全社リスク量は半年に一度計測の上、自己資本と比較した結果を取締役会に報告し、監督を受けています。導入当初は海運市況リスクと船価市況リスクを主な対象としたシンプルな仕組みでしたが、その後見直しが行われ、現在ではカントリーリスクや顧客の信用リスク、グループ会社の事業リスクも含めて、より適切にリスク量を計測できる仕組みに進化しています。
- トータルリスクコントロールと整合性のある新規投資判断基準
導入時点においては、当社が新規投資判断に用いていた採算性判断指標と本制度が直接結びついておらず、課題となっていました。その後の見直しを経て、現在では本制度の考え方を用いて計算されるリスク量の大きさによって、採算評価上の運用資金コストが変動する仕組みに改善されています。すなわち、船舶投資案件の社内審査において、対象船が持つリスク量の大きさを想定される最大損失額として、その部分にエクイティ、リスクフリー部分にデットを引き当てます。それぞれに資本コストと借入コストを適用することで、高リスク船ほどコストが高く評価され、それに見合った高いリターンが伴わないと承認されません。この考え方により、全社が有する投資余力(追加可能リスク量)を多く消費する案件は自然にハードルレートが高く、少なく消費する案件は低くなることによって、全体としてリスク・リターンのバランスが取れたポートフォリオが保たれる仕組みとなっています。