社長
メッセージ

ボラティリティの高い業界で、
「成長と安定経営の両立」を
実現させる - それが私の使命です。

橋本 剛

代表取締役 社長執行役員

本メッセージは、統合報告書「MOLレポート2024」
からご紹介しています。

私たちのチャレンジ

難しい局面になることも覚悟して、人を育てながら新しい事業に取り組むという挑戦を始めました。

2023年度は、決して容易な事業環境ではありませんでした。ウクライナ戦争の先行きも見通しづらく、さらにはパレスチナ・イスラエル問題が勃発するなど世界的に不安定な要素が多くありました。しかし、幸いにして海運市況は比較的堅調に推移し、2023年度より開始した「BLUE ACTION 2035」についても、これまでよりも一歩踏み込んで将来に向けた投資を実行することができました。野心的な成長戦略を掲げましたが、特に新規事業への投資や環境投資の促進といった面では大きく前進したものと捉えています。また、当社の成長戦略である環境戦略や地域戦略で実行した施策については、海外のお客様からも非常にポジティブな評価をいただいています。「BLUE ACTION 2035」で定めた方向性は間違えていないと、私は手応えを感じています。

組織や人財の力を高めていくことの難しさを痛感した一年でもありました。これは当初から認識していた課題ではありますが、当社の戦略を実行する上では優秀な人財を確保・育成することは大前提です。地域戦略や環境戦略では、新たな技術や環境政策等を理解した上で、それらを事業に結びつけられる人財が必要です。また、海外で新たな事業に挑戦する上では、日本人スタッフと海外現地スタッフが真の意味でワンチームになることが求められます。新たな事業展開に向けては、キャリア採用や海外での優秀なタレントの獲得、ビジネスパートナーとの協業、M&Aなどによってリソースを確保しています。多様なメンバーがいる中で、プロジェクト全体の推進力を高めるには、強力なリーダーシップを持った人財を次々に育てなければなりません。つまり私たちは、難しい局面になることも覚悟して、人を育てながら新しい事業に取り組むという挑戦を始めたわけですが、今の状況からすると2年目となる今年度以降が真のグローバル企業になるための正念場になると感じています。


海運業界で勝ち残る

私は、中長期視点で捉えると今後の事業環境は明るいと見ています。海運業の事業環境は、市況産業的な側面が極めて強いので、需給のバランスで状況が決まります。

まず需要面で見ると、足元では地政学リスク等の不確定要素はあるものの、世界経済全体では将来的に成長が加速するものと考えています。他方の供給面では、環境問題に対応するための代替燃料の主流が何になるかが長期的に見渡せない中で、新規で船を積極的に造りづらい状況が続いています。しかしながら、世界の物流需要自体は、緩やかであったとしても確実に増え続けていくことが予測され、いずれ船腹供給も進むはずです。単に増え続けるのではなく、使用年数の長い船は毎年徐々にスクラップする必要もあるため、中長期的には需給関係が極端に崩れる要因は少ないと考えています。コンテナ船とLNG船は、この2~3年が活況であったことから多くの新造船の発注があり、現在市場に出始めています。コンテナ船の貨物量は年単位で見れば、一過性の要因で上下することはあっても長期的には増加する傾向にあるものと考えます。このような観点から、海運業界は比較的安定したマーケット環境を享受し続けることができるのではないかと期待しています。

過去において、海運業界で失敗する要因は明確でした。それは市況の波と、投資のサイクルが合わないことです。世界経済全体が上向き始めると、従来の船の量では運びきれなくなり一挙に市況が高騰します。海運会社はキャッシュフローが潤沢になることで新しい船を造り始めますが、それらの船ができ上がる頃には、貨物量は一段落して軟調になります。そのため、需給のバランスが一気に崩れて市況が下落するのですが、そこで海運会社は船をスクラップすることで需給関係を調整します。そうして徐々に需給のバランスが回復するというサイクルになるのです。

これに対して、私は計画的に一定水準のフリートサイズを維持できる財務的体力を蓄えておき、市況や船価が極端に上昇するときには投資を控え、市況が悪化したときには強気に投資をすることが有効であると考えています。その土台を整備するために、当社では海運不況時でも収益性を維持するためのポートフォリオ戦略(→P.21)に取り組んでいます。特に注力している不動産事業や海洋事業、クルーズ事業といった非海運事業に投資を分散させ、キャッシュフローを安定的に確保できる事業ポートフォリオの再構築を図っています。

環境規制が厳しくなることで、従前の重油焚きの船の新規発注が業界全体で少なくなるものと思います。代わりに増えるのが、LNGやメタノール、アンモニアを燃料とする船となりますが、それらは技術的な難しさもあって従来の船よりも高価です。そのため、継続的に投資できる体力のない企業は淘汰され、競合する企業が減少するのではないかと考えています。私たちは、好市況時に自己資本を手厚くして体力を蓄え、市況が悪化しても海運事業以外の事業で支える体制を整え、断固として投資を継続する方針です。これが今後、当社が長年にわたって海運業界で勝ち残っていく要諦だと考えています。


グローバルに事業機会を獲得する

海運業界で勝ち残っていくためにポートフォリオを組み替え、市況が悪化しても断固として投資を継続する方針です。

当社がポートフォリオ戦略を実行していく中では、重点的に力を入れる国・地域を絞ることも重要だと考えています。それは、政治や経済の影響によって、その時々の状況が変化するからです。例えば、ロシアは天然ガスや石油の埋蔵量が豊富で、生産コストも安価であるなど、アップサイドのポテンシャルが高く、以前はビジネスを拡大したいと考えていました。しかし、現状の政治的状況を鑑みると現時点での拡大は困難な状態です。直近では重点エリアの一つとして、需要側の視点からインドに着目しています。インドのエネルギー需要は極めて強く、これまでは国内の石炭でエネルギー需要を賄っていました。しかし、環境問題が深刻化する中で、今後はインドの天然ガスや石油の輸入量が増加することが推測されます。そして供給地を考えると、インドとの間で歴史的な繋がりの深い中東等が考えられます。中東からインド、もしくは資源や食料が豊富なブラジルからインドなど、グローバルサウスでの物流が伸びていくものと思いますので、重点エリアとして注力したいと考えています。

このような主要経済地域での事業機会を迅速に獲得するため、各地域組織への権限委譲を行うとともに、トップダウンマネジメントとのバランスを整えたいと考えています。これまでは各地域の責任者と、私をはじめCOO、CFOといった本社のマネジメントチームで、各地域、または各産業セクターで起こっていることを常に点検し、世界全体を見渡しながら重点エリアを絞ってきました。現在の地域体制に変えたことで、以前よりも各拠点で対処すべき課題に関する情報量は増え、時間軸を含めた優先度などの理解は深まっています。ここから次のステージに進むため、各地域への権限委譲は進めながらも、本社のマネジメントチームが集めた情報を基に世界情勢の変化を機敏に捉え、重点エリアを機動的に判断するべく、各地域と本社のコミュニケーションの密度をさらに高めていきたいと考えています。


ファーストムーバーとしての覚悟

世界的に脱炭素社会を目指す方向にありますが、海運業界では、環境問題に対応するか否かの二極化の状況が少しの間、続くものと考えています。それは、環境対応を重視して一定のコスト高を許容するお客様と、環境対応ではなくローコストを追求するお客様にニーズが分かれるためです。その中で私たちは、環境対応のトップを走るのか、後方から追随するのか、ポジションを決めなければなりません。私は世界が真剣に脱炭素社会の実現を目指す中では、すでに一部では始まっているように、CO2排出に対して排出税が課せられる時代は高い確率で到来するものと考えています。どのような戦略に基づいて自分たちのポジションを築くかが、自らの将来の成功、失敗の分かれ道になってくるため、非常に難しい選択です。しかし、私たちは環境投資における先駆者的な役割を果たすファーストムーバーになるという決断をしました。

経済性という観点で考えると、例えば1年間での利益最大化に注力するのであれば、環境に配慮せずに安価な船を、安価な燃料で走らせれば最も効率的です。しかし、これは数年と続かない戦略です。私は5年後、10年後の時点で利益を最大化するためには、環境対応を推進するファーストムーバーとなって早期にビジネスを最適化させることが最も合理的であると考えています。環境戦略を実行する上では様々な方面での情報収集や意見交換が必要であると考え、2023年度ではドバイで開催されたCOP28、また世界経済フォーラムに参加しました。

IT業界が顕著な例ですが、正しいタイミングで、正しい方向に進んだ者が主導権を得て、乗り遅れた人たちは置いていかれてしまう「勝者総取り」の時代に今はあると思います。私は、乗り遅れることで取り返しのつかない状況に身を置かれることへの危機感を抱いています。環境への対応については、待ったなしの状態ですが、判断を誤るわけにもいきません。大量に集めた情報を適切に処理して、正しい意思決定に結びつけていくためにも、COPや世界経済フォーラム等にコミットし続けることは必要だと考えています。

当社としての基本的な考え方を示した環境戦略ではありますが、グローバルに遂行していく上では、地域特性を反映させる必要があります。「環境よりも経済成長」という意識が強い地域もあれば、「環境意識が低いと受け入れられない」という地域もあり、国の政策等も考慮しなければビジネスができないというリスクがあります。そのため、各地域の責任者と本社のマネジメントチームは環境対応に関する地域特性も確認しながら事業を進めることが重要になってくると考えています。


社会インフラをグローバルで提供する

成長地域でハイリスク・ハイリターンの事業に挑戦したいと考えています。

非海運事業では投資も順調に進捗しており、規模の拡大を大胆に進めています。しかし、当社における洋上風力発電事業や不動産事業については、現状ではローリスク・ローリターンの事業であると捉えています。日本国内での事業展開ではリスクは少ないのですが、高い利回りを見込むことはできません。ある程度は国内でもビジネスとして進展させていきたいと考えていますが、今後は培った人財やノウハウを活用して、成長地域であるインドやブラジル、アフリカでの不動産・海洋・ロジスティクス事業や、台湾などでの洋上風力発電事業といったハイリスク・ハイリターンの事業にチャレンジしたいと考えています。すでにインドでの不動産投資や、台湾での洋上風力発電事業は始めていますが、さらに加速させて比較的高いリターンを得るビジネスモデルを築くことが中長期的な目標です。

当社のグループビジョンでは、海運業を中心とした「社会インフラ事業」を展開することを掲げています。当社を「社会インフラ事業を営む会社」として定義づけしたときに、海運業だけではなく、海運業を中心としながらもサービスプロバイダーとしての幅を少しでも広げ、社会や人々にとってのインフラを提供したいと考えています。特に海外においては、海運業以外の部分で不動産事業、発電事業、海洋事業等を社会インフラとして発展させていきたいという思いがあります。


将来の成長期待を示す経営フェーズへ

昨今では、資本コストや株価を意識した経営が求められていますが、当社としても経営における重要なテーマの一つであると認識しています。過去において海運業界は、業績面で乱高下を繰り返しているため、当社の現状をご覧になって好業績が続くか否かについては懐疑的な見方をされる方も多いと思います。「BLUE ACTION 2035」ではROEの水準を今後、9~10%に維持していくとともに、最終年度の2035年度までに税引前当期純利益4,000億円の水準にまで段階的に高めることに挑戦しています。特に、今後2~3年の間については結果を出し続け、皆様に認めていただくことで、過去のイメージを払拭していきたいと考えています。同時に、これまで以上に情報開示の質と量を高め、当社で今、実際に何が起こっているかをご理解いただくなど、透明性の高い経営が必要であると認識しています。それらを継続することで、PBR1倍割れの状況を解消し、将来の成長期待を取り込んで、PBR1倍以上になるような経営のフェーズにしていきたいと考えています。

株主還元についても、将来に向けて積極的な投資を計画していることから、「BLUE ACTION 2035」のPhase 1(2023~2025年度)では配当性向30%、1株当たり150円の下限配当を採用しています。これは株主の皆様に「3割の還元方針で今は我慢してください」と、お願いしている状況です。Phase 1の目標達成が最優先事項であり、全力で取り組んでいますが、そのめどが立てば、Phase 2(2026~2030年度)においては、下限配当を再設定したうえで、株主還元を高めていきたいと考えています。


ボラタイルな業界で安定的に成長し続ける経営を

商船三井グループをあらゆる面で優良企業とイメージされる存在にしたい。

当社は過去においては、特に業績面で非常にボラティリティの高い状況にあり、ハイリスク・ハイリターンの企業であるという印象が強いかもしれません。海運業が持っている特性からしても、投資から回収までには長い時間を要します。例えば今日、投資した事案について結果が表れてくるには3年、5年という時間がかかることもあり、中長期視点で経営を行っていく必要があります。そのためにも、現在取り組んでいる戦略のもと、安定的に成長し続ける経営へと変革していきたいと考えています。

ステークホルダー資本主義の時代といわれる今日では、株主の皆様、お客様、お取引先、社員、地域社会といったあらゆるステークホルダーとの安定的な関係を長期的に築いていく経営こそが重要であると考えています。そうした安定的な経営を目指すために、これまで「商船三井グループをあらゆる面で優良企業とイメージされる存在にしたい」ということを発信してきました。今後も、サステナビリティ課題への対応、サービス品質の向上、収益力、人財力、技術力、従業員のエンゲージメント等のあらゆる面において、全てのステークホルダーから評価・信頼される企業グループを目指していきたいと考えています。

皆様におかれましては、社会から長期的に信頼される企業を目指す当社グループへのご支援をお願い申し上げます。